2025年8月18日、大阪・道頓堀で雑居ビル火災が起き、2人の消防士が命を落としました。
まず初めに、亡くなったお二人のご冥福を心よりお祈りいたします。
私は消防士として15年以上働いてきました。(※2024年3月に退職)
キャリアの半分は、消火隊や救助隊として火災現場の最前線に立ってきました。
この事故はニュースやSNSで大きく取り上げられましたが、元消防士としては「絶対に忘れてはいけない、誰も2度と同じ目にあってはならない」と強く強く思っています。
あれほど悲惨な事故があっても、災害現場は待ってはくれません。
そして、今なお消防時代の仲間が現場で活動しています。
今回の事故を聞いて私の中に湧き上がった感情や、今なお火災に立ち向かい続ける仲間たちへの想いを、ここに残します。
ニュースでは伝わらない現場のリアルを元消防士がお伝えします。

悲しみだけではない、複雑な感情。悔しさと怒り。
「絶対に自分が死んではいけない」
これは、消防士になってすぐの消防学校時代からずっとずっと叩き込まれてきた言葉です。
「自らの危険を顧みず」こんな言葉はかっこいいけれど、全くプロじゃない。
消防士にとって、自分の命を守ることは最優先で大前提。
それでも今回、仲間が命を落としてしまった。
悲しい、辛い――それだけではありません。
悔しい。やりきれない。胸が痛い。
なぜ死ななければならなかったのか。
どんな活動をしていたのか。
どこかに怒りのような感情さえあります。
消防の鉄則「安全以上に優先するものはない」
「安全以上に優先するものはない」
これは消防の鉄則です。
でも、燃えている建物があり、助けを求める人がいれば――
考えるよりも早く、身体が動いてしまう。
絶対に死んではいけないと教え込まれながら、
それでも命を張らずにはいられない。
これは消防士の性なのです。
亡くなられた消防士と残された仲間と家族
事故の詳細は分かりません。
ですが、亡くなったお2人とも、迫り来る炎と煙の中で、必死に生きる道を探していたはずです。
現場には超緊急のSOSのアラームが鳴り響いていたでしょう。
仲間を救おうと、最後まで懸命に戦った消防士がいたでしょう。
倒れた仲間を背負い、助け出した消防士がいたでしょう。
そして救急隊がなんとか助かってくれと病院へと必死に搬送したはずです。
こんなに辛いことがあるでしょうか。
同じ消防車に乗って出動した仲間も、
事故の調査にあたる仲間も、
メディア対応をする仲間も、
それぞれの場所で胸を締めつけられながら職務を果たしていると思います。
そして何より、ご家族のことを思うと、言葉になりません。
“行ってきます”と出て行ったまま帰ってこなかった。
その現実を前に、どれほどの思いを抱えているかを想像すると、本当に胸が痛みます。
献花するために事故現場に向かいました

事故から2日後、私はずっと心が落ち着かず、献花のために現場へ向かいました。
難波の駅を降りて現場に向かおうとしますが、悲しみと恐怖とで、なかなか足が前に出ません。
それでもなんとか現場付近に到着することができ、被災した建物を見ると、ただ立ち尽くしてしまいました。
道頓堀の雑踏の中で、その場所だけが静まり返っていたのを覚えています。
胸の奥から込み上げてくるものがあり、言葉が出ませんでした。
消防士とは
消防士はスーパーヒーローではありません。
私たちと同じように迷い、恐れ、家族を大切に思う“普通の人間”です。
火事はいつだって怖いし、どれだけ経験しても人の死を目の当たりにするのはいつも辛いのです。
それでも炎に立ち向かう。
危険だと分かっていても、人の命を守ろうと動く。
私はもう消防士として火災現場に行くことはありません。
けれど、今なお火災に立ち向かい続ける仲間たちを、ずっと応援し続けます。
どんな悲惨な現場に行こうとも無事で帰ってきてください。
結びに
亡くなった仲間に、敬意を。
その仲間を救おうとした全ての消防士に、敬意を。
今なお現場に立ち続ける消防士に、敬意を。
そして、彼らを支える家族に、心からの敬意を。
また会おう。
